伊坂幸太郎さんの『死神の浮力』を読みました。『死神の精度』の続編にあたるので、死神の仕事やキャラクターについて知りたければ『死神の精度』から読んだほうがいいかもしれません。とはいえ、独立した話なので、『死神の浮力』から読んでもまったく問題ないです。
娘を殺害された山野辺夫妻。犯人は逮捕されるも、裁判で無罪判決になる。復讐を企てる夫婦の前に、死神(千葉)が現れ、一週間後の"死"に判決を下すために行動を共にする。はたして復讐は成功するのか、死神の判断は…という話。
サイコパスと寛容
犯人がいわゆる"サイコパス"(良心がないので何でもできてしまう人)として描かれており、サイコパスについての解説が興味深かったです。
サイコパスは25人に1人の割合で存在し(物語中の設定)、残りの24人には良心がある。しかし、ミルグラムの実験によると、その内の6割にあたる14人はサイコパスの指示に従ってしまう。さらに、少数派よりも多数派を有利とする合理性が働くとすれば、残りの10人の内、5人はサイコパス側につく。従って、20対5になり、サイコパス側が有利になる可能性がある。
一方、サイコパス側が有利になる理論が正しいとすれば、弱肉強食、自然淘汰によって、人類がサイコパスのみにならないのは何故なのか。という疑問が出てくる。
その一つの解として、イヌイット族の話が紹介されています。そこではサイコパス(不寛容な存在)に対して不寛容になることを正とされていますが、主人公は不寛容になるべきか寛容になるべきかを葛藤します。
そこにパスカルの言葉や、主人公の父親の存在が関わり、哲学的な深みを増していく感じが面白かったです。
死神(千葉)の存在が空気をいい感じに軽くしている
物語のテーマも話の内容も重く、普通だったら読むのがしんどくて気が沈みそうな本(しかも500ページ以上ある)ですが、死神(千葉)の天然?なキャラクターによって全体の空気が軽くなっているのがよかったです。一歩間違えば作品を台無しにしそうな感じもありますが、千葉氏がいたって真面目なので印象も良く、最後まで読み切ることができました。
ただ、少し展開が遅い印象もあったので、長編よりは短編(『死神の精度』みたいな)の方がいいのかなーと思いました。続編があるとすれば、また短編を読んでみたいです。
この物語の結末がバッドなのかハッピーなのかは受け取り方によって違いそうですが、僕は死神のキャラクターに合って重くなくていいなと思いました。ひとつ気になるとすれば、エピローグにいたるまでの山野辺夫人の心情です。