mathematical-goodbye

森博嗣さんのS&Mシリーズ。『すべてがFになる』『冷たい密室と博士たち』に次ぐ3作目です。同シリーズは10作品あるらしいので、まだまだ先は長い。

天才数学者・天王寺翔蔵博士の「三ツ星館」でパーティーが開かれる。招待された西之園萌絵と犀川教授。博士が庭にあるオリオン像を消して見せ、再び像が現れたとき、そこには死体があった。二人は事件を解決できるのか、そしてオリオン像が消えた謎は解けるのか…という話。

3作目まで読んで、やはりこのシリーズは好きです。天才的なトリックに、特徴的なキャラクターたちの発する洗練された言葉に、よくわからない動機まで、どれも好みです。西之園萌絵は派手で賑やかな感じなので少し苦手なのですが、今作では比較的大人しい感じになっている印象を受けました。

実はこの作品、事件の謎自体は比較的簡単に作られており(僕は解けませんでしたが)、それこそが作品全体をとおしたトリックになるという、なんとも不思議な構成になっています。

ここから先は完全にネタバレになるので、未読の方はご注意ください。

真実は自分で定義するしかない

作中で天王寺博士の言う人類史上最大のトリックとは天動説と地動説のことですが、森博嗣さんの仕掛けたトリックは別にあるようです。

オリオン像の謎に意識を向けることで、この作品の真実から意識を遠ざけるような構成になっていると思われます。リドルストーリーの形式で終了するため、真相は読者次第(読者の定義による)といったところですが。

方程式の条件は、「天王寺翔蔵博士」「天王寺宗太郎」「片山基生」と「地下室に居た博士」「白骨死体」「どこかで生きている」です。

地下室に居た博士の定義(つまり作中の説明)は以下のとおり。

「天王寺翔蔵博士」=「地下室に居た博士」
「天王寺宗太郎」=「白骨死体」
「片山基生」=「どこかで生きている」

これに対し、犀川教授が定義した(そう定義したかった)のは一つだけです。

「天王寺翔蔵博士」=「地下室に居た博士」

この謎に対する僕の定義は以下のとおり。

「天王寺翔蔵博士」=「白骨死体」
「天王寺宗太郎」=「どこかで生きている(エピローグに出てくるお爺さん)」
「片山基生」=「地下室に居た博士(翔蔵に扮していた)」

犀川教授は天王寺翔蔵博士は本物だったと定義しましたが、この作品のタイトルが『笑わない数学者』である以上、僕は笑っていた人物は天王寺翔蔵博士とは定義したくありません。もちろん、正しいかどうかはわかりませんが。

事件そのものの謎だけでなく、作品全体をとおして謎かけがしてあり、しかも明確な答えがなく読者の定義次第という、なかなか面白い作品でした。