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エドガー・アラン・ポーの短編作品『黒猫』を読みました。黒猫を飼っている身からすると、なんとも不快な話。ですが、そこはまあ著者が作品にホラー要素を足すために魔女の象徴として黒猫を選んだとして…、話のテーマは人の非合理性でしょうか。とても短い話なのですぐに読めます。

ある日、可愛がっていた黒猫を、衝動を抑えられずに傷つけてしまう主人公。後悔する主人公ですが、次第に黒猫に対して怒りを覚え、ついには殺してしまいます。そしてまた、新たに黒猫を飼い始める主人公は妻を殺してしまい…という話。

天邪鬼の心持

冒頭で主人公が述べているように、エドガー・アラン・ポーが描きたかったのは、人は必ずしも合理的ではなく、してはいけないことだからこそしてしまう、といった一面があることについて、理論的に説明することだと思われます。それを「天邪鬼の心持」(あまのじゃくは、ひねくれ者といった意味合い)と称しています。

主人公は後悔したはずなのに、してはいけないことだと分かっていたはずなのに、それでも猫を傷つけてしまったのはなぜなのか。

そんな疑問が残りますが、読み返してみると、「知っていればこそ」「感じていればこそ」と書かれていました。つまり、その行為がどういう結果をもたらすか(自身を危険にさらすとしても)をわかった上で、敢えて行動したわけですね。自己保身ならぬ、自己のための自己犠牲と言うのでしょうか。

なぜそういう思考になるのかはわからないですが、主人公は納得して行動しているわけなので、そういった思考回路が働いていることは間違いないわけです。

ちなみに、思考回路もある種の物理的な回路であるとして、それを科学的にコントロールすることができれば人はどうなるのか、という風に考えるとSFの世界につながりますね。突然のSF。

と言いつつ、この主人公はお酒を飲んでいたので、単に過度な飲酒はよくないよという解釈が合っているのかもしれませんが。。いずれにせよ、猫からしたら、たまったもんじゃないですね。